最高裁判所第二小法廷 昭和44年(あ)2037号 判決 1970年5月29日
主文
原判決ならびに第一審判決中業務上過失傷害の公訴を棄却した部分を破棄する。
本件を徳山簡易裁判所に差し戻す。
理由
検察官の上告趣意第一点は、判例違反を主張するが、所論引用の判例は、本件と事案を異にし、適切ではなく、同第二点は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
しかし、所論にかんがみ、職権により調査すると、原判決ならびにその維持する第一審判決中業務上過失傷害の公訴を棄却した部分には、以下に述べる法令の違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認める。
すなわち、起訴状によると、本件は、昭和二二年一一月七日生れの被告人が、その年令一九歳二ヵ月であつた昭和四二年一月二八日、福岡県宗像郡宗像町の道路において普通貨物自動車を運転中、業務上必要な注意義務を怠つて、自己の車両をガードレールに衝突させ、さらに路外の田圃に転落させ、よつて同乗者二名にいずれも全治まで約一週間を要する傷害を負わせたという事案であるところ、原判決の判示するところによれば、昭和四二年一月二八日、被告人からの急報を受けた宗像警察署の交通事故係巡査今里洋志は、本件事故現場において実況見分をしてその調書を作成し、同日被害者二名の各診断書を、また、同月三〇日にガードレールの損壊についての被害届と修理費用の見積書を各関係人から提出させ、さらに同年二月四日同警察署において被告人および被害者の一人である深浦正人を取り調べてそれぞれ供述調書を作成し、同年三月二二日被告人の事故車の修理費用等の見積書が提出されたので、その約一〇日後に再度本件事故現場を見分し、被告人や被害者らの供述の信憑性を確認し、その頃までに本件事故に関する必要書類の作成と収集を完了したが、同巡査は、本件ほか七件の交通事故未済事件を抱えたまま、同年四月一日付で交通事故係から交通指導係となり、さらに同年九月一日付で外勤係となつたところ、同年八月末までに右未済事件のうち四件を処理しながら、本件については被告人が成人となる時期が切迫している少年であることを知りつつ日時を経過し、同年一〇月一六日に至つて本件の捜査報告書一通を作成したうえ、捜査記録を上司である事故係主任に引き継いだけれども、同署交通課長、同署長が決裁する頃にはすでに同年一一月六日を過ぎて被告人は成人となつており、その後、昭和四三年五月一七日、徳山区検察庁検察官により公訴が提起されたというのである。
ところで、少年の被疑事件を家庭裁判所に送致するためには、司法警察員または警察官において、犯罪の嫌疑があると認めうる程度に証拠を収集し、捜査を遂げる必要があり、このことは、少年法四一条、四二条の明定するところである。したがつて、捜査機構、捜査官の捜査能力、事件の輻輳の程度、被疑事件の難易等の事情に左右されることではあるが、その捜査にある程度の日時を要することはいうまでもなく、捜査に長期の日時を要したため、家庭裁判所に送致して審判を受ける機会が失われたとしても、ただちに、それのみをもつて少年法の趣旨に反し、捜査手続を違法であると速断することはできない。もつとも、捜査官において、適時に捜査が完了しないときは家庭裁判所の審判の機会が失われることを知りながらことさら捜査を遅らせ、あるいは、特段の事情もなくいたずらに事件の処理を放置しそのため手続を設けた制度の趣旨が失われる程度に著しく捜査の遅延を見る等、極めて重大な職務違反が認められる場合においては、捜査官の措置は、制度を設けた趣旨に反するものとして、違法となることがあると解すべきである。そして、以上の理は、当小法廷がすでに昭和四四年(あ)第八五八号同年一二月五日判決において判示したところである。
この見地から本件を考察すると、原判決の判示する前記事実関係のもとにおいては、捜査に従事した警察官には、本件の処理につき適切な配慮を欠いた点なしとしないとはいえ、いまだ前示のごとき重大な職務違反があるとは認めがたいから、その捜査手続は、これを違法とすることはできない。原判決が、これに反して、本件捜査手続を違法とした判断は、法令の解釈適用を誤つたものであり、したがつて、この判断を前提として、公訴提起の手続が無効であるとの理由により公訴棄却を言い渡した第一審判決を維持した判断もまた、誤つているといわなければならない。
よつて、刑訴法四一一条一号により原判決ならびに第一審判決中業務上過失傷害の公訴を棄却した部分を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、同法四一三条本文により本件を徳山簡易裁判所に差し戻すべきものとし、裁判官全員の一致の意見で、主文のとおり判決する。(草鹿浅之介 城戸芳彦 色川幸太郎 村上朝一)